リサーチやテキストの重要性。写真家・米田知子さんインタビュー「感光される時間の層」を読んで
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最終更新日:2014/08/14
写真学び / Photography study, リサーチの方法 / research method Creation
感光される時間の層 (English version: THE MULTIPLE LIVES OF IMAGES)
Tomoko Yoneda, photographer, talks her research method and shooting. In addition, she mentions her idea about text information with photography like a caption.
米田知子さんというイギリス在住写真家の写真と見て、インタビューを読んで感銘を受けた。
米田さんは、ノルマンディや蒋介石時代の中国要人、サイパンなどの歴史的な場所の現在の場を写している写真家である。ただ、それがとても美しくてキャプションがなければ、ランドスケープやアーキテクチャーの美術的な写真としても楽しめそう。
自分には、そのビジュアルとキャプションのコンビネーションが面白くてインタビューを探して読んでみた。そうしたところ、やはりリサーチについての言及があり、自分が大切だと思っている要素や今のチューターからも大切だと言われていることが語られており、思いを新たにしたところである。
「制作に入る前に下調べをして、その場所の歴史を勉強し、事実を整理をしてから、撮影場所に行きます。そして、実際にその場所に立つと、言葉にはできないのですが、総合的に身体で受け取るものがあり、それを表現するための適切なメディウムが写真だという気がしています。具体的には、なにかが降りてくるというか、一瞬にして、目の前にそれが広がるという感覚があります。」
いろんな写真のアプローチがあるけれど、僕はこの強いリサーチに基づいた作品作りを大切だと考えるからとても共感した。ただ、簡単に真似できないと思うのは、彼女が作品から感情をできるだけ排除しているという点。
「個別の作品への接し方があることを考えると、感情的なものを強く作品に込めたいとは思いません。異なる解釈、見え方、接し方があるということこそ、わたしたち人間がそれぞれ違うということを示していて、それが面白さをもたらすと思うのです。ペインティングでは、どうしても主観的になってしまうので、わたしが制作したいものは、ペインティング作品では表現できません。そして、どんなメディウムであれば表現できるのかと考えたときに、写真が一番適しているのではと思いました。」
リサーチすればやはりどこか説明的になってしまう部分もあると思うけれど、それを「一瞬にして降りてくる」という意識で撮影できるのは超越的な技術のような気がしてしまう。
「ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(以下、RCA)の修士論文では、テキストとイメージの関係について考えてみました。テキストは、非常に主観的なものにし、イメージの上にテキストがあると、そのイメージをテキストから読むことで、イメージだけのときとは異なる想いを馳せる、そしてまた対立を生む。」
ここもとても親近感がわいた。実は、自分も春学期のエッセイのテーマで文字言語とビジュアル言語の関係性について書いた。僕は、芸術大学に来る前(正確には来てからも)、個展を見に行くのが実は苦手だった。なぜなら、作品の文脈がよくわからなかったから。よくじっと立ち止まって見ている人のことを不思議に思っていた。なぜ、それをそんなに長く見続けることができるのだろう、と。何かを感じなければいけないのかもしれないけれど、それをするにはあまりにも情報が限られていないか、辛いとすら思ったものだった。
ギャラリーに行くことが楽しくなったのは、芸大の集中セミナーで、記号論やギャラリーリサーチの方法を学び、分析を体験してから。ただ、ものの見え方が変わったのと同時に、ああ、これで一般的な感覚から離れてアートの世界の人の分析的なものの見方になってきている少しまずいとも思った。
「RCA時代 実験的に撮影したものに、白い液体が注がれたグラスを持った女性のイメージがあります。「これはミルクです」とテキストを付けるのか、「これは鉛です」とするのかによって、鑑賞者は異なる印象を持ち、異なるイメージが広がります。こういうところを面白いと思うのです。従って、私にとってキャプションは重要です。個人的な見解ですが、「無題(Untitled)」とタイトルにつけるのは、作家として無責任だと思っています。やはり、作品の制作時や撮影時には、作家自らなにかを選択している。さらに作品はパブリックな場所に置かれるものですから、写真家としてというよりも、アーティストとしての責任としてタイトルは必要です。投げやりに「無題」と付け、鑑賞者になんでも考えてくださいとする態度もありうるのかもしれないけれど、やはりそれは不親切で、タイトルをつけ、アーティストの考え方や思いを加えた方が面白いのではないでしょうか。」
僕も、この意見に強く賛成。人にものを伝えるのはとても大変で、アートの世界では伝わらなくてもいいと考える人が多いのも知っているけど、自分はそういう姿勢には同意できない。それにあまり一つの方法に委ねすぎるのは、学問の還元主義や専門のたこつぼ化と同じかななんて思う。
作品に込めたメッセージをより多くの人に感じてもらうには、説明しすぎも野暮だと思うけれど、最低ラインの情報を付与するのが必要だと考える。
なんかこんなことを考えていたら、昔、指導教授に自分の専門分野の理論や方法論ばかりで固めたリサーチ計画書を「研究者は自分の道具を愛してしまいがち」と諭されたのを思い出した。アカデミックもアートも相互に似たような部分はありそう。
と、表現への取り組みに親近感があったのでいろいろ書いてしまったけれど、写真がとてもすてきで美しい。その上で、制作についてインタビューのような考えがあると知って、更に作品の感じ方が変わった。もっと彼女の作品を見てみたい思った。
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