脱サラ留学生、インドで12日間、会話・アイコンタクト、読み書き・携帯一切禁止の瞑想コースで修行。自分の内側をめぐる旅、ヴィパッサナー瞑想。

公開日: : 最終更新日:2014/08/08 旅 / travel, India

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動機

数年前から、パソコン、スマホを通してネットの情報が流れこむ生活にどっぷりつかることで集中力が極度に低下していると感じてきました。ネットへの依存度は相変わらず高く、Kindleにはたくさんの本が入っていて次から次へと興味が移る。深く集中できない状況が悩ましくなっていました。

そんなとき、Hibilogで瞑想修行の情報をたまたま得て、これは行くしかないと決意したのがきっかけです。一度、外から入ってくる情報を止め自分の中にある情報だけで、静かに集中してみたいと思ったのです。幸運なことに、ちょうど基礎コースから大学院に移る時期で、意図せず4ヶ月もブランクが開いてしまったので時間が自由になる時期でした。

私の参加動機をまとめると、

  • デジタルデトックス
  • 35年間の棚卸し
  • 集中力を高める技術の獲得

の三つです。

前職の同僚がデリーに住んでいたこともあり訪ねた後、そのままデリー南部のSotaセンターに向かいました。

事前にWEBでの申し込みが必要です。

 

コース概要

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  • 場所: インド Dhamma Sota Centre ニューデリーから車で1時間半ほど南へ。農村地帯。
  • 参加者: インド人比率推定90% 総勢120程度
  • 費用: 支払いたいと思う金額を寄付
  • 施設:驚くほどきれい。外の環境と全く異なる。参加者全員に個室あり。
  • 参加時期:2012年10月3〜14日

日々の記録

・到着日(10月3日) 毎朝4時起床だって!

午後二時到着。大変交通の便が悪いところですが、友人のドライバーがデリーから一時間半かけて送ってくれました。そうでない場合は、電車、タクシーなどを乗り継ぐしか方法がありません。はじめは地元のトラクターに乗せてもらえと言われましたが、確かに外は田園地帯でトラクターや牛がいっぱい通っていました。

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昼食をとった後、手配された一人部屋(トイレと行水場付き)を整えました。6畳一間とバス・トイレの寮生活です。ちなみにお湯はでません。

まだ聖なる沈黙は始まっていないため、他の参加者に声をかけて話しをしました。今回はおよそ120人が参加しているもよう。6時くらいから趣旨説明と規則の説明会があり、そこから沈黙開始。携帯電話、筆記具、お金など全てを事務所の金庫に預けました。
そして翌日からの時間割も公開されました。

4:30-6:30 Meditation 瞑想
6:30-8:00 Breakfast and rest 朝食と休憩
8:00-11:00 Meditation 瞑想
11:00-12:00 Lunch 昼食
12:00-13:00 Rest and interviews with assistant teacher 先生との対話と休憩
13:00-17:00 Meditation 瞑想
17:00-18:00 Tea break ティー休憩
18:00-19:00 Group meditation 集団瞑想
19:00-21:00 Discourse and Meditation 講義と瞑想
22:00 Lights out 消灯

朝4時起床・・・。しかし覚悟してきてるので、別に今更驚くことはありません。

・1日目 雑念だらけの開始。そしてランチを逃す
朝4時起床のチャイムとともに起きて初日がスタートしました。とにかく瞑想中に脚が痛くて集中できませんでした。

瞑想中は、体の内面を静かに辛抱強く観察し、呼吸だけに集中するようにいわれています。それなのに、雑念で頭がいっぱいになるか、知らない間に眠ってしまいました。意識の境目が曖昧で、起きてるのか寝ているのかわからない時間を過ごしていたら、ランチの時間が終わっていました・・・。なんたる失敗。

・2日目 インド精進料理の魅力にはまる
雑念だらけの二日目。人のこと、前職のこと、今後の仕事のことが浮かんでは消える。夜になって呼吸に集中すればその間は他のことを考えないですむことに気づく。インド人の参加者たち はゲップやオナラを気にしないらしく、カエルの合唱のようにそれらが静寂に鳴り響いているのがはじめの頃はとても気になっていました。

賄いご飯が予想以上においしくてうれしい誤算。各種カレー、ライス、チャパティ、チャイ、フルーツを食べまくる。食べ過ぎでは?

・3日目 やや進歩?
相変わらず過去に出会った人との出来事が次々と思い浮かぶ。雑念を押しとどめられないため、30秒ほど呼吸を止めて意識を集中させてみることにしてみました。その成果があってか、集中力が向上し、疲れを感じなくなった。

星空とともに瞑想をし、日没を感じながら続ける。虫の音が始まるのがわかる。贅沢な時間である。他にすることがないので9時には就寝。

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・4日目 新技伝授

毎日先生との面談の時間があります。呼ばれたら先生のところへ行きます。今日はなんとサンチョと呼ばれる。え、誰のことと聞き流してたら君のこと!とのこと。Shintaroがサンチョになったら反応できないでしょうに・・・。
今日は新しい呼吸法を教わりました。新しい方法は、呼吸への集中から一度離れて、頭のてっぺんから足の爪先まで身体感覚を感じながら移動させていくというもの。
先生によればこの方法でセンセーション(身体の内側から沸き起こるしびれのようなもの)を感じることができるようになるとのこと。でもすぐは難しいから焦ってはいけないと言われました。まだ雑念だらけなのに、そんなことできるのかと不安・・・。

・5日目 考え尽くす
雑念も5日目ともなると尽きたような気がしました。夜7時から開祖ゴエンカ氏の映像による説法がありますが、これがジョークだらけで結構わらえる。「飛んだりする教祖を信用してはならぬぞ!」だって。そういう髭の人、いたような気が。
今日は、呼吸の音を少し大きめにすることで、集中力を高める練習をした。先生からは、「客観的に自分を我慢強く観察し続ける」ということを繰り返し言われました。

・6日目 再び雑念。今度は未来へ向かって。
雑念再び。今度は未来へのシミュレーションが自分の中で止まらない。もう6日目なのに。

この日、推定60代の師匠がiPadで瞑想のチャントを流しているのを発見。Apple恐るべし。ほんとに多目的だなあ。

・7日目 独房解禁
集団瞑想から独房での瞑想を許可される。うれしいとも思ったのですが、意外と落ち着かない。目をあけたら他の人がいるというのもひとつの安心感だったのかも。

独房では少し恐ろしい憎悪の念が浮かんできたし、その夜恐ろしい夢を見たため利用を減らそうと決意しました。憎悪は、過去の嫌な経験や人間関係に対して沸き起こってきました。

師匠の講話でブッダとは悟った人のことであるから、特定の個人崇拝とうよりは誰でも今後なれる可能性を秘めているものだということを聞き、多神教の懐の深さを実感。

下の写真の建物の中に、独房があります。

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・8日目 師匠に問う
迷走気味の瞑想のため、師匠のところへ行き「妄想が止まりません。あとセンセーションの意味もよくわかりません」と訴える。
師はセンセーションには正と負のものがあり、負は痛みを伴うが正は快感のしびれを感じることができるとのこと。皆が同じ時期に同じことを経験できるわけではないから、鼻呼吸の基本に戻り客観的な視点で体を観察し続けなさいと言われる。
悩んでも仕方ないので、努力をしつつも自然に任せることにしました。お腹は異様にすく。

・9日目 聖なる沈黙最終日
10日目は午後から会話をしてもよいらしいので、今日が実質集中できる最終日。目的を達成しようという欲を一度捨てて見ることにしました。10日間の修行というのはあくまではじまりに過ぎないのだと。たぶん、自分の中には整理をつけないといけない記憶がたくさんあるからこの状態になっているのだと思いました。
ただできるだけ呼吸にのみ集中しようとは努力。このあたりからまた脚や腰への負担から痛みがではじめてきた。そろそろ限界なのかも。

・10日目 最終日
最後ということもあり、師匠の講話がいつもより長く行われました。2時間近くも。コース終了後は、朝1時間、夜1時間瞑想を続けられれば理想だとおっしゃっていました。
午後、ついに静寂が破られる。初日に話したイスラエル人やインド人とお互いどういう経験をしたかを話し合いました。僕は10日間の沈黙は全く苦ではなかったです。もともと知らない人同士というのもあって、話す必要もことさらない気もしましたし、性格的にも。
ただ言葉をかわさなくても、その人の佇まいというか行動の仕草などで人となりが垣間見られたりして興味深かくもありました。瞑想室に入って出口がわからず跳ね回っていたカエルをみんな無視している中、かわいそうにと両手でくるんで外に出してあげていたイスラエル人とは、多分仲良くなれるだろうなと思いました。その彼とは、やはり一番親しく話すことができました。
あまりにも瞑想でじっとしていたため、11日ぶりに乗った車で乗り物酔いを経験。

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得られたこと

今回10日間の瞑想を経て、目を閉じたときの闇に対して安心や安定を感じられるようになっていることに気がつきました。それ以前は、目を閉じる時間は無駄な時間とさえ思っていたのです。集中力を高める技術を得たとでも言いましょうか。

昔、漫画ドラゴンボールで、気を高めるという行為があったと思いますが、それに似たような行為かと思います。心がざわついているとき、そっと目を閉じて瞑想すると、凪いでいる海のように、または静まり返っている森林のように静かで落ち着いた気持ちになれます。もっとも、これは、継続あっての話だと思います。続けなければ。感覚的には直後より、もう今はそのスキルが減衰している気がしてしまいます。

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少し前から、ボートから海の底へ向かった素潜りをしていくイメージで集中力をとらえていました。海の底には拾い上げるべき宝がある予感がある。でも、道半ばで水上から声がかかって引き上げてしまう。この比喩でいうと、瞑想中はぐんぐん潜っていくことができる。これにより一つのことを深く思考できた。あれもこれもではなく、一つを深く考える習慣がつきました。本来は、雑念を振り払い客観的に身体のことを観察するだけをした方がいいのだと思いますが、今回は全てをそうすることはできませんでした。でも、まあいいかなと。貴重な時間だったと思えたわけですし。

帰ってきて、パソコンを久しぶりにつかった時に驚いたのは、あまりにも処理する対象と量が多いため、思考が追いついていかないということでした。以前は当たり前にやっていたことに戸惑いました。そして次の日は酷い頭痛に悩まされました。マルチ処理が苦手になったかもしれません。その分、思考する深さは増していると思うのですが。

もう一つは、音に対して敏感になりました。以前はながらで音楽も聴いていたが、今は少しむずかしいです。町の中の音や自然の音に対しても、より敏感に感じられるようになっています。以前より、BGMを必要としない生活を送っています。

難しく感じたこと

雑念を振り払うことでした。結局10日のうち、70%以上は雑念に支配されていました。特に、Macbook Airの最適スペックについて11インチにすべきか、13インチにすべきかについて考え始めたときは、我ながら呆れました。しかし、それは通るべき道だったのだと今では考えます。35年間降り積もった記憶の中から、選りすぐりのものばかりです。ポジティブ、ネガティブ入り乱れていました。雑念をなくさなければならない、としても、それはもっと瞑想経験を積み上げたときにできることなのではないかと思っています。

あと、物理的に難しいと思ったのは、座り続けることと固いベッドに寝たことによる体の痛みです。これは日に日に増していきますので、自分の中では10日間が限界だったようにも思います。

インドで行うにしても日本で行うにしても、季節は選んだほうがいいかもしれません。10月のデリー南部は、瞑想するには暑すぎず寒すぎずよい季節でした。千葉で参加した知人は、雪かきをして寒かったともいいますので、時期は大切。

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思わぬ収穫

夜明け、日没時の瞑想が美しいこと。日が落ちていくのをずっと眺めていることなどあまりないかもしれません。日没共に虫の音が聴こえ夜がやってくるのを毎日楽しんでいました。

それと、インドの精進料理がかなりおいしいことです。瞑想中、食事時が近くなると、はやく食堂に行きたいなという雑念が沸いて仕方なかったです。

最後に

ヴィパッサナー瞑想は、いまや世界中に支部があって日本にも、千葉と京都にあります。ただ、もし異国情緒の中で、その世界観に入ってみたいと思いましたらインド、ミャンマーの施設をおすすめします。立地、参加者、料理に非日常が待っています。

自分としては、10日間も瞑想に費やす体験は、人生一度だけと決めて参加しました。ですが、一度参加した人はオールド・スチューデントと呼ばれ2〜3日のショートコースにも参加できるので、そのくらいのものにまた参加してみたいと思います。そこには、忙しすぎる現代社会の中では、なかなか経験できない自分の内側をめぐる旅の時間があります。

毎日いろいろな情報が行き交う情報の中暮らしていくのは、現代人には避けられない環境です。そんな情報を一度シャットアウトして、自分が持っている情報だけを見つめて過ごす10日間を経て、すでに心のなかに熟考すべき宝の原石はたくさんあるじゃないかという大きな気づきが得られました。
働いていたりすると、10日間の休みを全部瞑想に費やすことはかなり難しいと思います。ですが、もし転職や起業などで間欠泉的に時間がとれそうでしたら、ぜひ参加してみてください。

 

2年が経過して 2014年8月追記

一日2時間続けると理想と言われながらも、規則的には継続できていません。ですが、ここぞというときに集中するための技術は健在です。瞑想を一時間、いや十分でもすれば、こころが落ち着きひとつのものへの集中が高まります。
瞑想に参加してから変わったことがあるとすれば、そういった集中の手段を得たことです。
あと、個人的にはあまり音楽を聴かなくなりました。パソコンを使っているときは、それに集中し、本を読むときはそれだけに集中しています。あと、外から聞こえてくる音(騒音は除く)を楽しめるようになりました。
ヴィパッサナーの参加者にはいたるところで会うことができます。日本でもそうですし、インドでも今いるNIDの学生でも参加者が数人います。ひとりの女子学生は、修論を終えてから参加してきたようです。
私たちは、普段社会の流れの中で生活しているので、大量の情報を取り入れて日々判断しています。ですが、自分の中に眠っている記憶をもとにその判断や浄化をもう一度やり直してみることも貴重な経験です。そんな機会が人生に一度くらいあってもいいかもしれません。

 

【参考サイト】

Vipassana Meditation

世界一周してる大学生が12日間、人と話してはいけない、目も合わせてはいけない、読み書きや娯楽が一切禁止のヴィパッサナ瞑想修行(インド)に参加してきました。

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